死刑廃止に関する決議
日本国際法律家協会(JALISA)
2026年7月27日
決議の趣旨
当会は、政府及び国会に対し、
1 速やかに死刑制度を廃止すること
2 死刑制度廃止までの間、死刑の執行を停止すること
を求める。
決議の理由
1 死刑は基本的人権の根幹である生命権を奪う刑罰である
死刑は、国家による人の生命権の剥奪であり、最も重要な基本的人権の侵害である。また、万が一にも、無実の者に対し、死刑が執行されれば、取り返しのつかない究極の人権侵害となる。
日本国憲法第13条は、「すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。」とし、基本的人権の尊重を定めている。基本的人権の中で最も重要なのは、言うまでもなく、基本的人権の根幹となる生命権である。生命権は、ひとたび奪われてしまうと、これを回復することは何人にも不可能である。
最高裁判所は、1948年3月12日大法廷判決において、死刑は残虐な刑罰(憲法36条)に該当せず、合憲とし、以来合憲判決を維持している。しかし、同判決には多数意見に参加した島保ら4裁判官の次のような補充意見が付されている。「国家の文化が高度に発達して正義と秩序を基調とする平和社会が実現し、公共の福祉のために死刑の威嚇による犯罪の防止を必要としない時代に達したならば、死刑もまた残虐な刑罰として国民感情により否定されるにちがいない。かかる場合には、憲法31条の解釈もおのずから制限されて、死刑は残虐な刑罰として憲法に違反するものとして、排除されることもあろう。」
また、1993年9月21日最高裁判所第3小法廷判決において、死刑は合憲との判断は維持されているものの、多数意見に参加した大野正男裁判官は、補足意見を付し、最高裁1948年3月12日大法廷判決後の「この45年間に、(同判決)の基礎にある立法的事実に重大な変化が生じていることに注目しなければならない。」と述べている。そして、その変化として、①世界で死刑廃止国が増加したこと及び国連総会で死刑廃止条約が採択されたこと。②四人の死刑確定者(免田、財田川、松山、島田各事件)が再審の結果無罪とされたこと、を挙げている。ただ、結論としては、死刑を支持する世論調査の結果を考慮し、「今日の時点において死刑を罪刑の均衡を失した過剰な刑罰であって憲法に」反すると断ずるには至らず」と述べている。
これらの最高裁裁判官の意見は、当時の状況において、死刑を合憲としているが、死刑制度は、将来、違憲と判断される可能性のあることを認めていると思われる。
2 国際社会における死刑制度をめぐる動向
国際社会では、1948年の世界人権宣言 や、1966年に採択され、日本も批准している市民的及び政治的権利に関する国際規約(自由権規約)6条1項 において、生命に対する固有の権利(生命権)の保障が宣明された。1989年には死刑廃止を目指す市民的及び政治的権利に関する国際規約の第2選択議定書(死刑廃止議定書)が国連総会で採択され、1991年に発効したが、日本は、これを批准していない。
さらに、国連総会では、全ての死刑存置国に対し、「死刑廃止を視野に入れた死刑執行の停止」を求める決議が繰り返し採択されている。2024年12月の国連総会では、加盟国の3分の2を超える130カ国の賛成により同様の決議が可決された。
国連自由権規約委員会、拷問禁止委員会、および人権理事会は、死刑の執行を繰り返している日本に対し、死刑執行を停止し、死刑制度の廃止を前向きに検討するべきであるとの勧告を繰り返し出し続けている。
欧州連合や欧州評議会は、日本で死刑執行が行われるたびに懸念声明を出すことが多く、日本に死刑廃止を求めている。
世界において、2025年7月時点では、事実上の廃止国も含めれば、145カ国で死刑が廃止されている。経済協力開発機構(OECD)加盟国38カ国に限って見ると、死刑制度を存置しているのは、日本、韓国、アメリカのみである。このうち、韓国は、1997年以降死刑を執行していない事実上の廃止国である。アメリカでも、50州のうち23州で死刑が廃止され、残りの州のうち11州は、過去10年間死刑が執行されていない。連邦レベルでも、バイデン政権下(2021年~2025年)では、死刑執行が停止されていた。
このように、既に世界の多数の国家は、死刑を廃止している。日本は、死刑制度を存置していることにより、国際社会から孤立する恐れがある。日本が、国際社会で名誉ある地位を占めるためには、死刑制度に関する国際動向にも真剣に向き合う必要がある。
3 誤判・えん罪による人権侵害の恐れ
2024年9月26日、静岡地裁において、袴田巌さんに対する死刑再審無罪判決が言い渡され、検察官の控訴はなく、無罪が確定した。
袴田さんは、身体拘束を受けていた47年7か月のうち、33年間は確定死刑囚として、死の恐怖に直面しながら過ごすことを余儀なくされた。毎朝、死刑執行を告げる刑務官の足音におびえる袴田さんの恐怖は、計り知れないものがある。長年の拘禁や死刑執行の恐怖の為、袴田さんには甚大な障害が生じている。
1949年の現行刑事訴訟法施行後、死刑確定事件について、再審が開始され、無罪が言い渡された事件には、免田事件、財田川事件、松山事件、島田事件がある。これらに袴田事件を加えると、5件にも達する。裁判で死刑が確定した事件においても、誤判が明らかになったものが、これほど多く存在するということは、人の裁く裁判において、誤判は避けられないことを示している。誤判により、死刑が執行されれば、取り返しのつかない究極の人権侵害となる。
現行犯など犯人性が明らかな事案であっても、責任能力等に関する誤判が生じる可能性は否定できない。また、人が、犯罪に至る背景には、様々な社会的要因が影響している。そのような量刑判断に関する誤判が生じる可能性は常に存する。
人間の能力には限界があり、誤判やえん罪の発生を完全に排除することは不可能である。誤判・えん罪による死刑の執行という、これ以上ない悲惨な人権侵害を防ぐためには、死刑制度を廃止する以外に方法はない。
4 死刑による凶悪犯罪抑止効果は明らかでない
死刑制度を存置すべき根拠として、凶悪犯罪の抑止効果を期待できるという意見がある。
しかし、他の刑罰と比較して、死刑に凶悪犯罪に対する抑止力があることは、科学的に証明されていない。実際に死刑制度を廃止した国において、死刑廃止後に凶悪犯罪が有意に増加したという事実は報告されていない。
一方、日本の治安状況について、国連の統計では、2022年の日本の殺人事件(既遂)の発生率は、10万人当たり0.23件とされており、直前5年間を含めて統計データが確認される155の国と地域の中でも、8番目の低さである。OECDに加盟する38国の中では最も低い。このように、日本は、世界でも最上位の治安の良い国の一つであり、凶悪犯罪を抑止するために死刑制度の存置を必要とする状況にはないと評価しうる。
このような日本の状況に鑑みれば、凶悪犯罪の抑止は、効果も不明である死刑による威嚇ではなく、犯罪原因の研究及び是正と犯罪予防や再犯防止対策等を総合的・科学的に行うこと等によって実現すべきである。
5 拘禁刑の創設による更生と教育を主眼とする刑罰制度改革の実現
2025年6月より、懲役刑と禁錮刑を一本化して、拘禁刑を創設するという刑罰制度改革がなされた。拘禁刑に処せられた者には、改善更生を図るため、必要な作業を行わせ,又は必要な指導を行うことができるとされた(改正刑法12条3項)。刑罰の理念は、懲らしめと応報から、受刑者の改善・更生を図ることへ大きく転換された。
刑法改正と同時に、受刑者の処遇方法等を定める刑事収容施設及び被収容者等の処遇に関する法律も改正された。それにより、受刑者の処遇は、その者の年齢、資質及び環境に応じ、その自覚に訴え、改善更生の意欲の喚起及び社会生活に適応する能力の育成を図ることを旨として行うものとされた(同法30条)。また、受刑者の作業は、受刑者に対し、その改善更生及び円滑な社会復帰を図るため必要と認められる場合には、作業を行わせるものとされた(同法93条)。
死刑は、人の生命を奪うものであり、犯罪者の改善、更生を図り、社会復帰を促進することを旨とする新しい拘禁刑創設による刑罰制度改革の理念とは大きく矛盾するものである。
6 世論調査の問題
政府は、死刑存置の理由として、世論調査の結果を引用し、国民の大多数が死刑制度を支持していると述べている。
2024年10月の政府の世論調査では、死刑の廃止に関する質問結果は次のとおりである。
・死刑は廃止すべきである 16.5%
・死刑もやむを得ない 83.1%
しかし、この設問は、死刑廃止意見について「・・すべきである」とし、存置意見について、「やむを得ない」とする等質問方法に問題があり、必ずしも正確な世論調査とはなっていない。
「死刑もやむを得ない」と答えた者に対し、 将来も死刑を廃止しない方がよいと思いますか、それとも、状況が変われば、将来的には、 死刑を廃止してもよいと思いますかという質問の結果は次のとおりである。
・将来も死刑を廃止しない 64.2%
・状況が変われば、将来的には、死刑を廃止してもよい 34.4%
仮釈放のない「終身刑」が新たに導入されるならば、死刑を廃止する方がよいと思いますか、 それとも、終身刑が導入されても、死刑を廃止しない方がよいと思いますかという質問の結果は次のとおりである。
・死刑を廃止する方がよい 37.5%
・死刑を廃止しない方がよい 61.8%
この世論調査の結果によると、現段階で、死刑を廃止すべきとする意見は少ないが、死刑存置意見の中にも、状況が変われば、将来的には、死刑を廃止してもよいという意見は約34%ある。また、仮釈放のない終身刑が導入されれば、死刑を廃止する方が良いとの意見は、全体の約38%になっている。
世論調査の結果でも、代替刑としての終身刑が導入されれば、死刑廃止賛成意見が増えている。死刑は絶対的なものではなく、終身刑等の代替刑の提案により、死刑廃止について、世論の一定の理解が得られるものと考えられる。
仮に、極めて重大な犯罪を行った者を社会から排除せざるを得ないとしても、仮釈放なしの終身刑によって可能であり、生命まで剥奪する必要はない。
7 犯罪被害者支援の必要性
犯罪により生命を奪われた被害者遺族の悲しみは、とりわけ深刻であり、その報復感情も誠に強いものがある。しかも、国や社会から無視されて孤立した状態で放置されたりすることによって、さらに被害が拡大し、その結果、被害感情を一層深刻化させている現状もある。それらの解決のためには、被害者に対する経済的な面のみならず、精神的・心理的な面での配慮と援助及び刑事司法手続きへの適切な関与を可能ならしめる必要がある。これらが被害者の権利として確立し、物心両面における手厚い被害者対策が実現されたとき、被害者遺族の苦しみは少しずつでも和らげられ、被害感情の宥和がもたらされると考えられる。そのとき初めて、報復感情・復讐心の緩和への道が拓かれると思われる。
犯罪被害者の権利の確立や各種支援の拡充は、死刑を含む刑罰制度の在り方とは別個の、基本的人権に関わる独立した課題として取り組まれなければならない。現在では、犯罪被害者等基本法が制定され、それに基づき刑事手続における被害者参加制度の創設をはじめ、犯罪被害者のための様々な施策が不十分ではあるが実現している。これらの施策は、死刑廃止とは、別個に、進めることができるものである。
このように、犯罪被害者支援と死刑廃止を求めることは、両立しうるのであり、双方を共に推し進めることが重要である。
8 日本の死刑制度について考える懇話会の提言
2024年11月、日本の死刑制度について考える懇話会(学者、衆議院議員、参議院議員、前検事総長、元警察庁長官、元日弁連会長、犯罪被害者、新聞社論説委員、経済同友会役員、前連合役員、映画監督、宗教団体役員、矯正協会役員ら16名で構成。座長井田良慶応大学名誉教授・元法制審議会会長)は、「現行の日本の死刑制度とその運用の在り方は、放置することの許されない数多くの問題を伴っており、現状のまま存続させてはならない。」とし、委員全員一致した意見として、「早急に、国会及び内閣の下に、死刑制度に関する根本的な 検討を任務とする公的な会議体を設置すること」を提言した。
また、「前記の会議体においては、具体的な結論を出すまでの間、死刑執行を停止する立法をすることの是非、あるいは執行当局者において死刑の執行を事実上差し控えることの是非についても、これを検討課題とすべきである。」と提言している。
この懇話会は、各界の有識者の構成により、犯罪被害者を含め、幅広く刑事関係者等の意見を聴取し、現行の死刑制度には問題ありとして、死刑制度に関する根本的な検討をする公的会議体の設置を提言している。
この提言は、死刑廃止までは明言していないものの、現行の死刑制度には数多くの問題があることを詳しく指摘し、死刑制度の再検討を求めている。また、会議体において、結論を出すまでの間、死刑執行を停止することの検討も求めている。
9 結論
以上のとおり、死刑制度には、人権保障上重大な問題があり、国際的にも日本の死刑制度について、国連機関等から廃止や停止が求められ続けている。
死刑制度は、速やかに廃止されなければならない。また、廃止までの間、死刑の執行は停止される必要がある。
よって、決議の趣旨の通り決議するものである。
以上








